自分が合気道の技に行き詰まり、己の非力であることを痛感し悟らされた時、この武道を離れるか、ただ単なる趣味として続けるか、その瀬戸際に立たされたのである。
(中略)
開祖の数多くのお言葉を、訳も分からずに、心で理解するつもりで読み上げたのであるが、そこで感じたことは、開祖のお言葉は、表現は違っていても、その言葉の意味するものは、総て万有愛護の精神であるということであった。
愛とは武道に於いては、敵そのものを無くすることである。無くするための技は、相手と一体になることである。一体になるためには、体力的な力を出して、相手を倒そうとする気持ちを捨てなければならない。相手と結ぶことである。結ぶためには体力的な馬鹿力を抜かなければならない。この結論が出たとき、稽古はその一点に集中して行ったのである。
それから幾年か経ったとき、そこには従来の稽古では全く考えられなかった、愛の技が生まれていたのである。
合気万生道の呼吸力の技がそれである。開祖の説かれる心の世界を求めずして、真の合気道に達することは不可能である。
この霊肉一体の心技こそ、行き詰まれる人類の、指標と言えるのではなかろうか。
-続・合気道の心を求めて-より。

